下級てき住みやかに

『虐待』子供の育て方がわからない。当たり前だと思うんだよ。

親の虐待で児童が命を落とす…。

悲しい出来事に、この身も苛まれてしまう。

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痛みの優先順位

子供の虐待の事件の後に、子育て方に関連した報道番組が特集される。

『子供の育て方がわかりません。虐待を受けてきたから、我が子にも、同じことしか出来ません。』

親から虐待され続けてきたから、親になっても、同じような判断しかできないという主張。

番組は、親も被害者なのですという、寄せ鍋の最後に、ご飯を打ち込むように終盤を締めくくる。

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いつもながら…身勝手な主張だと落胆する。

虐待をしてしまった時点で、被害者のレッテルは剥がれる。紛れもなく加害者だ。被害者のままで留まって欲しい。後世に伝えないために。

 

『このままじゃ駄目だ…。』立ち直るために、カウンセリングを受けて、必死に乗り越えようとしている姿を見ていると、素直に応援したくもなる。

虐待は待った無しだから、瞬時に変わらなければいけない。

辛い過去を、全て精算出来るのも、子育て中の今だからこそ。その子のために、そして、自分自身のために、過去の呪縛を捨てることを始めて欲しい。

 

『虐待を受けたことがないから、お前は、俺の痛みがわからない』過去に知人に言われたことがある。

僕は当事者でないからわからないのかも知れない。

『子供の痛みをわからないのは誰…。』

痛みの優先順位を、僕は変更することが出来ない。

子供の痛みを考えてからでないと、全部言い訳にしか聞こえてこない。

知人の子供は、奥さんが子供を引き取ることで、離婚が成立した。子供が安心して暮らせるならば、それ以上の答えは求めない。

 

子育てがわからない

番組の中で、「子育てがわからない」というキーワードが幾度かでてきた。ここでいう、子育てとは、子供の心の成長。

僕は、二十歳そこそこで授かった娘達を、大人にまでは育てあげたつもり。それでも、未だに、子育てについて問われても、よくわからない。

そもそも論で、子供の育て方に答えがないから。だから、わからないと思っている。

『子は個だから』

個の括りなんて存在しない。マニュアルも存在しない。世界人口の75億分の1の心を持った個だから。

無限の可能性を、自分の可能な限りで、支えていくことが親の責務だと思う。

”可能な限り”ということでいい。出来る限りね。

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子育てなんて、本当にわからないことだらけ。

初めて遭遇する出来事。全てが初見。わからないことが、普通であり当たり前でいいと思う。

自分が受けて嫌なことは、子供が受けても同じ。自分が耐え得ることで、プラスに転じた経験があるのであれば、それを託していく。

これが一つのジャッジになる。

大切なことは、感情を剥き出しで、罵声を浴びせて従えようとすることではなく、どうすればよいかの最善を常に考えていく。

ネット情報ではなく、一番に向かい合っている人がリアルタイムで、最良の判断が出来る。

この子にとって、いい方向に進むことを、模索してあげること。ベストじゃなくてベターでいい。

『頭の中で考えて、一旦整理をする。』とても重要なこと。反射的ではなく、ベターを模索して、考えてから行動すること。

“怒る”から“叱る”に変わる瞬間。親になれるんだ。

 

子供は叩いてはいけないのか 

『車を運転中に、人が飛び出してきたから、急ブレーキをかけた。〇か×か』

運転免許の試験に出てくる問題の解釈に、酷似していると思っている。

  • 急ブレーキは禁止です。いつでも止まれる速度で安全運転しましょう。
  • 子供は叩いてはいけません。いつでも穏やかな心で過ごしましょう。

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子供を叩いてはいけないかについて、賛否両論あるとは思う。

急ブレーキは、禁止事項であるが、時には、急ブレーキをかけなければいけない諸事情はあると思う。

僕は、子供を叩いたことは一度もない。もちろん絶対的なポリシーはある。でも、口だけで何とかやってこられたという後付け理論もある。

全てが同じ条件であるとは思っていない。子は、紛れもなく個だから。その子にあった対処が必要。

その子が、生きていく上で、必要不可欠だと判断した場合は、嫌でも、叩かなければいけない局面はあると思っている。

重要なのは、『判断した場合のみに適用される』という使用上の注意があるということ。

怒りに感情を委ねると、100%以上の力量で手を出してしまう。それは、暴力であり紛れもなく虐待。

 

僕は、虐待は絶対に許しはしない!

 

持論ですが、子供を叩くという意味合い。

子供に対して、"考えるためのアラームをセット"しておくということ。人が持っている危険回避のインパクトを事前に与えておく。

同じ状況下に陥った場合に、頭の中でアラームが鳴り、考える時間を脳から与えて貰うがための、布石となりうるもの。

僕はそう考えている。言葉で100%伝えるに越したことはない。

やむなく手を挙げる場合は、言葉をしっかり添える。同じ状況下に陥ったときに、何を考えればよいかわからなくなるから...。

 

20%ぐらいの力でいいかなぁ。
痛くないかなぁ...。この子の将来のために!

 

 

子供を叩く行為は、親子で Win-Win になることが大前提。子供も痛い。親も心が痛い。

そうであって欲しい。それが、親子の関係だ。

子供を叩いて、親がスッキリしているから、嫌な事件が起きている。こんな悲しいことは、もう、たくさんだ。

 

あとがき

子育てで悩まれている方は多いと思います。

どのように育てていけばわからず、泣きたい日もあると思います。

僕は、虐待されていないため、吠えているだけだと思います。ごめんなさい。

辛い苦悩を乗り越え、子育てをされてきた方のような、アドバイスすることも出来ません。

 

僕は、子育てのスタートは早い方だと思いますが、何とか、娘達を成人にまではしました。

両親は病弱で、入退院を繰り返して、短命な人生であったため、親のイロハは、自己経験による判断が多かったと思います。

親が子供にする助言は、必ず、時代錯誤となり、的外れになることが多いです。それでもいいんです。

親は、子供と共に成長していくと思います。

 

娘達が言ってくれるんですよ。

『生まれ変わっても、その時もパパの子でいたい』

 

君達は疲れるから..
勘弁して欲しい..。

 

そう言いいながらも、影で号泣しています。報われる瞬間です。誰から何を言われようが、育てた子供に、純粋に"はなまる” がもらえたならば、それが答えです。

虐待は悪です。毒親に育てられても、被害者であって下さい。決して、加害者にはならないで下さい。

自分の代で終わらせるヒーローであって下さい。

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