下級てき住みやかに

人を殴るならば、一生涯、心に響く雷(イカズチ)であって欲しい。

旅行に出かけた際に、公共の場で泣きわめく子供を親が半ギレ状態になって叩いている光景を見た。

周囲の視線に圧倒されて、体裁が悪いから安易に躾という自己解釈で手を挙げてしまったのだろう。子供よりも周囲に対しアピールしている様がよくわかる。

暴力もデフレ傾向なのか、安売り感が半端ないとさえ思えた。

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場当たり的に『パシッ』と叩いている光景を見る。

この行動について正しいか否かで論議すると、子育てにおいての回答は賛否両論になる。

いつも気分が切なくなる。憂鬱になる。ふと、昔の事を思い出していた。

 

殴るなら一生涯、心に響く雷であれ

殴られたことは幾度かはある。ただし、殴り返したことは一度もない。弱いから....。そこは、意志が強いからだと誠に勝手ながら解釈している。

殴られても、未だに心に突き刺さっているのは、歳を重ねてもそれほど多くはない。

f:id:igadget:20180515222705p:plain言葉が乗らない拳は、迷惑メールと同じ。結果的に、何も伝わらずに嫌なトラウマとして心に居座り続ける。

人の感情に、即時、忘れることができる便利なゴミ箱は存在しない。叩くという行動を安易に捉えてはいけない。ずっと残るから…。

 

決して忘れることはない。30年以上もの前の話。

小学5年生の夏休み。塩化ビニールで出来た定番の黄色と青のゴムボートを抱えながら、一つ上の従兄弟と海に釣りに出かける。

浜辺から、二人でゴムボートに乗り込み、沖合いへと出て行く。浮き輪もどきのボートには、アンカーなどの備えもなく、今に思えば自殺行為。

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浜辺から、どんどん離れて行くことに気付かずに無邪気に釣りを楽しむ。そして、気がつけば、完全に潮の流れに乗っていた。

あまりにも早く流されるため、慌てて二人でオールを漕ぐ。進んでいるのかも分からずに、浜辺が遠ざかり見えなくなっていくのがわかる。

交代で海に飛び込み、ボートをバタ足で押す係と、オールを漕ぐ作業を分担しながら浜辺を目指す。

自然の脅威に敵うわけがない。

プール用に毛が生えたスペックのゴムボート。空気も少しずつ抜け、だんだんと柔らかくなっていく感じがする。呆然となり泣くことも忘れていた。

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潮に流されて数時間は漂流したのだと思う。

田舎の静かな海。船の入りも少ない。携帯もネットのインフラもない時代。何をしていいかも分からずに、必死にボートにしがみついていた記憶がある。

f:id:igadget:20180516200750j:plain横からなのか、縦からなのか、既にわからない方向から小さなモーターボートがやってくる。 そして、知らないおじさんが、僕たち二人を救出して浜辺へと連れて行ってくれた。

『海を舐めるな!』

罵声と共に本気で殴られた。目から火花が出たような感じがする。そして、殴られた後に、おじさんにギュッと抱きしめられる。

『命だけは粗末にするな』

おじさんは泣いていた。そして…。

『今日のことは、一生涯忘れるな』

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  • もし、見つけられていなければ...。
  • 風で高波に見舞われていたら…。
  • 突然の大雨に見舞われていたら…。

初めて海の恐ろしさを知った...。

その後に、おじさんの車に乗せられ、海の近くのお墓に無理矢理に連れて行かれる。

おじさんには、当時の僕と同じぐらいの息子がいて、海で溺れて亡くなったことを聞く。おじさんは、死んだ息子が、僕達を見つけ出してくれたのだと思いたいようにみえた。

 

この日を境に、必然的に、いろいろな観点を考慮して捉えるようになっていったと思う。探究心に限った話だけではない。全ての私生活においても…。

未だに感謝をしている。拳には、確かな言葉があった。小学生でも、きっちりと受け止める事が出来た。殴るならば、一生涯、心に響く一撃の雷(イカズチ)であって欲しい。

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怒りの感情を乗せただけの拳には、さほどの意味はない。振り上げた拳を納めれないのであれば、殴る前に自分の頭を撫でよう。「いい子、いい子」それでいいんだ。冷静になって考えて欲しい。

 

現代においては、見知らぬ子供に話かければ、不審者と呼ばれる。車に乗せようものなら通報される。理由を問わず、人を叩けば社会から非難される。

全てが、事件に結びつく悪であるかのように捉えられて、何が正しいかを考える間も無く、駄目だと称される。

リアルタイムに情報が伝わる、スピーディなデジタル社会。人の行動は常にアナログである。安易にデジタル化して、即時真偽判定してはいけない。

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泣かない子供に泣く子供

どれだけベテランの人が、子供の躾をしても子供は泣く。泣くのは正しい。みんな子供だった。周囲からうるさいと煙たがられながら大きくなっていく。

時間と共にローテーションされていくだけ。多少のことは笑ってあげて欲しいと願う。

 

子供は泣く。見るもの全てが新鮮に映る。アイス屋を見つけただけで泣く生き物。別段、腹をたてるようなことでもない。

工事現場にでも直面したと思いながら、音楽でも聞いて気分を変えよう。

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少子化の御時世。皆で、成長を見守りながら、大人に育てあげる。後で、たっぷり納税させればいい。

親も躾という名のもとで、容易に手を出すことに問題がないかを考えて欲しい。何も残らない。残るのは、薬が効かない心の傷だけだから。

僕も、二十歳ぐらいで親になった。二人の子供を成人にした。いっぱい泣いた。親も子供も…。

子供は泣く。泣く子供が丁度いい。

 

泣かない子供を知っている。親に叩かれ続けて泣かなくなった知人の子供。決して強い子ではなく精神が崩壊している。知人が離婚した元奥さんから聞いた。

『泣かないのだと…。』僕が泣いてしまった。

自分が育った環境が悪いからとひたすら訴えていたことを思い出す。親がそうだった。そういう遺伝子が備わっていると…。

子供を精神崩壊に追いやってしまった、彼の言動を聞く気力がない。親がそうだというのなら、親のように会社を立ち上げて社長にでもなってみなよ。

スイッチが入ってしまう彼に対して強気で言う。

『親は親!子は子!親の生き方なんて、俺には関係ない。お前!何が言いたい?』キレ気味で返される。なんだか矛盾しているように思えた。 

環境が人の性格を形成することもわからないわけではない。しかし、体裁が悪いときだけ、都合よく環境のせいにしていないだろうか?

殴るのは一瞬の感情。有無を言わされずに、殴られた方は一生の心の傷として残る。感情は自分の心で制御するしかない。

子供を叩くなと正論を言うつもりはない。でも、一旦立ち止まって考えて欲しいと願う。泣かない子供なんて二度と見たくはない。

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僕は子供に対しても嫁に対しても手を挙げない。

絶対的なポリシーがあるから。仮に手をあげようものなら、不倫と同等の対価として捉えてしまう。離婚を申し入れると思う。自分で自分を許せなくなる性分だと思うから。

知人に言うと、馬鹿にされた…。いいんだ。分かり合うつもりなど微塵もない。

 

なんとなく、旅先で、感情的に子供に手を挙げる光景を見て、いろいろ思い出して愚痴ってみた。

いつも、こういう時は長文になる。ごめんなさい。

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