下級てき住みやかに

家に帰れない老人達。理由はゆっくりしたいから。残念だけど現実なんだよね。

2017年の大晦日。年末年始に遊びに来る、義父と義母で年を過ごした。

嫁はサービス付き高齢者住宅(サ高住)にて泊まり勤務。娘たちはいずこへ...。まぁいいや。

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サービス付き高齢者住宅

自立可能な高齢者向けの施設(サ高住)介護度の低い元気な高齢者を受け入れることを前提としている、比較的自由な生活が可能な高齢者向けの住宅

元旦という名のお正月。目覚めて早々に嫁から連絡が入る。「あけおめ」と軽く挨拶を交わした後、即座に頼みごとをされる。

キッチンにある煮物と栗きんとんを施設まで、至急運んで欲しいとのこと。何?取り急ぎのラジャ〜!

今年の目標

「相も変わらず腹を立てずに動くこと。」

面倒くさい如きで、揉めて時間を割くことが何より無駄なことで嫌い。意外に、揉めている間に終わっちゃうことが多いから。損して得→徳を取る?

  • 揉めない。
  • 悩まない。
  • 傷付かない。

「全てにおいて動くが吉」

良し悪しはあるけど一番よい結果を招くと自分なりには思っている。馬鹿でもいい。馬鹿でも。

それでもアクティビティは、よく歩いたと褒めてくれるから、それぐらいの心積りでいいんだよ。やりたいこともいっぱいあるから、手伝いしつつ、早く終わらせて自分の時間を作る…。揉め事嫌い。

 

それにしても誰が食べるの?寸胴に多量の料理。

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因みに、正月の朝ご飯は塩パン。

美味いと評判らしいが中身が空っぽ。そもそもこれで完成形?塩パンじゃなくて皮パンの間違いじゃないの?具を入れ忘れていないの…具を…。

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嫁が得意げに言うんですよ。

「中がね、とってもフワフワなんだよ..。」って。

 

当たり前じゃん。空気だし..。

 

 

施設に着くと、随分とにぎやかな様子に正直驚いた。正月だというのに施設内には、爺さんと婆さんがうようよしている。

嫁に料理を渡し、家族さんは迎えに来ないのか確認してみた。

「正月ぐらいは家でゆっくりしたいから、お迎えに来ません。」ということらしい....。

それで、少しでも正月気分を満喫してもらおうと、煮しめと栗きんとんを作っていたのだという。

 

元旦は無理でも2日には迎えに来るんでしょ?

 

嫁は首を小さく横に振る。

 

えっ、嘘でしょ。
だったら、コンビニ営業みたいの止めなよ。
何も知らないけど愚痴ってみた。

 

サービス付き高齢者住宅には、20の部屋があり、20人の高齢者が住んでいる。正月に家族さんが迎えに来て帰った人はたったの1人。そなの…違くない。

サービス付き高齢者住宅は、介護度が低い人達が住んでいる。バリヤーフリーになっており、大家さんが介護スタッフの位置付け。自由に外出できる高齢者向けの賃貸アパートみたいなもの。

特別養護施設のように寝たきりになっている訳でも酸素マスクを常時つけている訳でもない。

 

「正月ぐらいはゆっくり」正月ぐらい家に呼ばないのならば、年中の間、施設にいるのだと思う。

そもそも論で、四六時中のんびりすることしか出来ない錆びれた片田舎。いつだってゆっくりできる。ゆっくりしか出来ないと言っても過言じゃない。

どうした田舎者の諸君。正月ぐらいは?嘘でしょ。

田舎は過疎化が進み、お金は仮想化が進むらしい...。

むむっ...。全く笑えないよ。

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諸事情は人それぞれだから詮索はしない。それでも半数以上は、お迎えがあるものだと思っていた。残念だけど、これが現実なんだね。

理由は分からないけど、少しびっくりした。だいぶびっくりした。日常の生活があるから介護施設に預けるのもいいと思う。

でも、正月ぐらいは呼んであげて欲しいなぁと本気で思ってしまった。知人の爺さんも寂しそうに椅子に腰かけていた。息子は早々にパチンコ屋に向かっているはずだよ。意地を張らずに帰りなよ。歩くの無理なら送ってくよ。余計なお世話だけど…。

僕は二十歳ぐらいの時に、実の両親を病気で亡くしている。実の親と同居する気苦労は知らないけど、なんか切ないし寂しい。そういうものでしょうか。

 

少しばかり嫁の仕事の手伝いをしてきた。寂しい爺さんと婆さんの部屋に、正月気分を堪能してもらうために食事を部屋に届けて回る。

テレビの横に丁寧に置かれているお年玉袋。しっかりと、孫に手渡しできればいいのにね。

部屋を出る時に封筒を渡された。何だろうと思い確認すると「1万円札」なんで?

「あんちゃんへ お年玉…。」

爺さんも婆さんも寂しいんだね。合計すると、数十万ぐらいになってしまう…。

お年玉を貰うのは簡単だけど、揉めるのも簡単。

家族さんが承諾しない限りは受け取れない。「婆さんの金をふんだくりやがって」まぁ、言う人は必ずいるだろうからね。

憎悪が利子に反映されるお金なんて、びた一文要らないし、手伝いに見合った額でもないから、絶対的なポリシーで貰わない。

ありがたいけど、お気持ちだけ頂戴しますね。

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施設に預けっぱなしにするのは、「お金を払っているからいいだろ」的な気持ちが働いているのだと思う。年金でペーで家族さんは痛くもないのに。

施設側も他社に負けじと過剰なサービスで、差別化を図っていきたい意向があるのだと思う。どっちもどっちなのかも知れない。

 

お金を出せばサービスを受けられる時代。お金を出せばお客であると豪語する時代。何だかとっても悲しいし虚しくなってくる。

「お客様は神様です。」昭和的な発想の時代は終焉を迎えなければいけないと思うんだよ。

 

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