下級てき住みやかに

【介護】認知症って時(とき)の病気だと思うんです。親の人間性を全否定する前に思い出して欲しいんです。

認知症って時(とき)の病気だと思うんです。

認知症になった親の人間性を全否定したい君に少しだけ届けたい。会社の後輩が、家族介護で凄く苦しんでいる。もう覇気がない。介護鬱状態になっている。

休日に僕の家に夫婦で相談に来ていた。介護をしている嫁にアドバイスをもらうためにね。

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 10年前に、後輩の結婚式に会社の先輩という形で出席した。

披露宴での新郎スピーチ。女手一つで育ててくれた母親に贈る最期を飾るメッセージ。

「僕を産んでくれてありがとう。あなたの息子であることを誇りに思っています。今日まで育ててくれてありがとう。」

ありきたりなメッセージ。でも、彼の言葉に嘘や偽りはなかった。彼は親孝行でしたからね。

10年の時を経て、彼の母親は認知症になっていた。そして彼の言動が変わっていた。

「あいつは、鬼畜だ。クソババァ。もう勝手に死んでほしい。」

哀しいね。聞いていて涙が出てきた。彼の耐えがたい気持ちも理解できる。でも、正直に哀しかった。

身内の介護に携わってしまうと、必ずと言っていいほど心の病気の連鎖が始まる。彼もまた、介護鬱という病魔に取りつかれてしまった。哀しいんだよ。誰も悪くなんてないのに。

人が人を否定し続ける。否定からは何も生まれないと思うのです。

 

人は時の流れを何を持って認識していると思いますか

記  憶

記憶が時の流れにあたると僕は思っています。今、捉えている強い感じの記憶が現在。そして、うっすらとぼやけていく記憶が過去となる。脳の感覚ってファジーだから、記憶の薄れが時の感覚を上手く制御している。

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全ての記憶がずっとリアルなままだとしたら時間の感覚なんてこの世に存在しなくなるから。

物忘れ、度忘れ。「塩胡椒するの忘れたよ。」「コンビニに何を買いに来たのだろう。」よくある。

認知症は、そもそも今の記憶がわからなくなる。料理をしていたことがわからない。買い物に来たことがわからない。"忘れる" ではなく "わからない"

現在を生きるために必要な脳が委縮してしまう。記憶力の低下ではなく脳が欠如しているんです。僕も、認知症の義母のMRI画像を見て初めて認識した。脳が萎縮するというのは脳が無くなる。画像では黒く、淋しい色に染まるんです。

現在を生きることが出来ない。

即ち、認知症なのです。

認知症って時の病気だと思うのです。患者は過去にしがみついて生きています。だから、今だけの行動を見て人間性を全否定しないであげて欲しい。とても哀しくなるから。

君も過去のことを思い出して欲しい。

本当に何にも得るものがない毒親だけの認識であったなら、僕は迷わず放棄すると思う。ごめんだけど。見る気力はないね。同じ生を持った人間。僕には慈悲という綺麗な言葉に応えるだけの器は持ち合わせていないから。

もし、過去の大切な親子の絆があるのであれば、少しだけでも考えて欲しいと願う。

何度も過去のブログで言ってる。僕の義母の挨拶は、全て「死ね」もう、それしか言えない。

  • 「おはよう」「死ね」
  • 「元気?」「死ね」
  • 「また今度」「死ね」

今日も活舌が最高に良かったよ。だって「死ね死ね団の会長だから」

でも、理由はしっかりあるんです。義母はね、今を生きることができないから過去にしがみついて生きているんです。

過去の大切な時代の中で生きているんです。頼れる脳は、委縮されていない過去の思ひ出のみだから。

次女がね、昔の嫁にそっくりなんです。昔の写真を比べると瓜二つ。

義母は次女のことを見ると、宿題はしたの?学校のプリントは大丈夫?優しく話しかけています。

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次女を自分の娘だと誤認しています。もう、数十年も前の記憶の彼方に義母は捉われて生きています。次女を見つめる義母は、母親そのものなんです。

僕は、次女にはしっかり会話して受け答えするように言い聞かせています。

僕の嫁は、子供をかっさらっていく単純に悪い人。その連れが僕。子供を守りたいがために本気で喰いかかってくるんです。判別できる正しい言葉を持ち合わせていないから、僕と嫁には「死ね」という言葉を浴びせ続ける。

その言動の本質に隠された部分に深い愛情を僕は感じています。だから、何を言われても笑っていられる。

認知症の患者の意見を真っ向から受けとめる必要はありません。単純に受け流すことが大切だと思います。現代を生きることができない病気です。

僕の後輩には、施設に母親をあずけることを進めました。確かに金銭的な問題は発生します。苦しいです。ボランティアでは誰も看てはくれない。

しかし、そうしない限り、後輩の家庭は確実に崩壊します。後は嫁がアドバイスしてくれるでしょう。


僕は文章を上手く伝えることはできないのですが、ブログを通じて、日常で感じた気持ちを発信したいのだと思います。

辛さを我慢に変えて、見えない出口を探している君に倒れて欲しくはない。本気でそう願っています。頑張る必要はないよ。笑ってね、なんとなくやり過ごせたらいいなと思っています。

 

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