下級てき住みやかに

【兄弟・障害・結婚】めぐり逢う運命って本当にあると思うから。しっかりと捉えてほしいから。3/3

本ブログは、兄弟に障害を持つ人が結婚する際に少しでも何かを感じ取って欲しいと思い記載しています。
本記事は3回に分けています。前回、前々回を見逃した方はこちらです。

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そして僕達は結婚する

彼女と婚約してから、ちょうど1週間後に彼女の実家に初めて行った。彼女の母親が僕の顔をまじまじと見つめる。そして、両手を肩に乗せる。

彼女の母:「娘から話しは聞いています。あなたに娘を託します。私が全部説明しておきますから、いつでも結婚して下さい。」
彼女の姉:「妹を宜しくね。」

話しの展開が全く理解できない。この1週間で彼女から家族には説明があったことは事実。僕は、お付き合いさせていただいていますと、軽くご挨拶するつもりが予想だにせずに盛り上がっていた。

聞けば、彼女の母親はろう学校の教員、10歳も離れた姉は、県外の病院に勤務する小児科の看護師。奇遇なの偶然なの。

毎日、障害のある子供達を目の当たりにしているとはいえ、さすがに考えないのだろうか。

しかも、彼女の姉は離婚手続きと報告のために、たまたま帰郷していた。この家では結婚と離婚が姉妹で同時進行している。大丈夫ですか?馬鹿ですか?

僕の結婚の人生シナリオを書いた人は誰?

全ての展開が早すぎて正直ついていけない。不自然。不安。結婚詐欺。ここは冷静に考えなきゃいけない。

そう思った矢先に怒濤の怒鳴り声。

「馬鹿もん。何を勝手に決めている。相手のご両親のこともあるだろう。俺は、そんな結婚なんぞ認めん。絶対に許さん。」義父の近所に響き渡る怒鳴り声を聞いた。

おっしゃるとおりのまともな意見。ははっ、不自然な流れだけどグルってわけじゃないんだね。胸のつっかえが一瞬で取れる。義父は怒っている。でも、僕は何の心配もしていない。よくわからないけど乗っかってみる。この結婚は僕のために用意されているみたい。僕は彼女に「いつでも、結婚できる。」とだけ伝えた。

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そして、次の日。僕は、自分の父にも、彼女の父にも報告せずに、何のためらいもなく市役所に出向いて彼女と婚姻届を提出した。紙きれの重みなんて正直全くない。とにかく、何も知らないところから準備された道を歩んでいこう。不安は微塵もない。

お互いにお互いのことを何も知らない。何も知らないけど、社会では夫婦と呼んでくれる。役場も馴れ初めを一切聴かない。結婚してから少しずつお互いのことを知っていく。それも、また新鮮だと思えた。

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人生は続く


父親は末期癌だった。嫁が仕事を辞め、自宅で見ると言って聞かない。一度いうとテコでも動かない人。父がホスピスに入るまで一生懸命に面倒を見てくれた。嫁と孫を見せてあげれたことが最後の親孝行になった。

父が亡くなると同時に、介護の道に進むと言い出して聞かない。新しく地域にできた小さな介護施設に働き出した。その日から、嫁は黄色の髪色を卒業した。きっと上手くいくよ。僕が保証するよ。

 

 

 

それから、20年を経て現在に至る。

僕は昔、幼馴染の彼女を白血病で亡くしました。両親も共に癌で亡くしました。知的障害を持った弟がいて、周りからは、冷ややかな視線を浴びてきました。綺麗毎を並べられても、知的障害者という線引きは、単純にお付き合いするという形になった時でさえ支障はありました。

そんな弟のことをずっと恥ずかしいと思い生きてきました。そんな時に、現れたのが嫁です。「弟を恥ずかしいと思う気持ちを恥じろ。」直ぐに怒られましたね。天然素材でとにかく熱い人です。でも感謝しています。

中卒の嫁に高卒の僕。娘達は決して頭が良くない。良いはずはない。勉強しなさいとも言わなかった。「私は勉強嫌い。パパも勉強嫌い。ママはそもそも解らない。あはは」そんな感じでしたね。

娘達がバイト代を出し合って、義父に電動自転車を買っている。お金が無くなったと喚いている。確かな貧乏くじを引くDNAだけは引き継いでいるようだ。僕は、そんな娘達を誇らしく思う。

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現在、嫁は田舎の小さな介護施設でありますが会社の役員になっています。数年後には、引退する社長の後を引き継ぐ様子です。嫁ならば有り得ること。何ら不思議じゃない。
嫁の仕事場にアルバイトしている娘から話を聞く。弟が将来住むであろう部屋を新たな施設に作っているようだ。嫁は何も言わない。それが嫁の美学。

僕は嫁に言う。弟のことありがとう。
「家族でしょ。何でもいいからお風呂洗ってきてよ。パパの当番」
「あいよ。ただいま喜んで」単純にそうなんだ。

結婚ってね、本心で家族になることだと思います。

僕に娘を託したいといった優しい義母は、現在、認知症になっている。もう、かつての面影はない。会うたびに「あんた誰?死ね」としか言わなくなった。言えなくなった。

何故か身寄りのない叔母の介護も引き受けて面倒を見ています。働いても働いても、介護だらけで当面は介護貧乏になりそうな予感です。

いつの日か、「下級てき住みやかに」から「上級は住みよいね」ぐらいにブログ名の変更ができることを夢見て頑張っています。

義母も弟も僕は見届けます。誰がなんと言おうと家族だから。

あとがき

僕が、20年も前のことをリアルに綴れるのは、過去に書き留めた日記があったから。ブログを始めようと思うきっかけになった代物。

日記の最後はちょうど、嫁と籍を入れた日で締めくくられていた。さすがに恥ずかしいですから。

忘れてはいけない思い出をWEBにアップしながら、照れ臭い日記を随時処分していきたいと思っています。

いろんな人との出逢い、別れがあり、時間を掻き回され、助言され、邪魔をされながら歩いて今があります。目の前に娘達がいる。命を運ぶこと。これも大切な運命だと感じています。

障害者を家族に持つことはとても辛い。でも、だからこそ、君には自然に身についている優しさがあるのだと僕は思います。そういう君だからこそ、託された兄弟の繋がりがあるのだと思うのです。

しっかりと運命の扉を見極めて歩んでいって欲しいと切に願っています。

 

「もし、私が死んで、パパが死んだら、まずは、私のところに挨拶に来い。そしたら、昔の女のところでも何処にいってもいい。許す。」
ははっ、嫁は怖いこと言う。笑
僕は一生、浮気なんてできないと思う。

 

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