下級てき住みやかに

学校 知らない人から声をかけられたら逃げなさいという指導と教育

知らない人に声をかけられたら逃げなさい。
小学校で子供達に指導している教育です。3分で読めます。

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セコムの子供安全ブログにも同じようなことが記載されています。

www.secom.co.jp

子供に知らない人に道を尋ねられたらどうすればいいのか? と問われた時に、みなさんはどのように説明していますか? 返答に困りませんか?

そういうお話しです。

 

知らない人に道を尋ねられたら逃げなさい!!

確かにいろいろな事件があります。身を守るために間違いではないと思います。
しかし、子供達に問われると返答に詰まります。知らない人に道を尋ねられたら、本当に逃げなさいとだけ言っていいのか。

少なくとも私が小学生の時は、先に道徳心があり、知らない人に道を尋ねられたら助けてあげましょうが一般的な正論でした。

現在、安全神話は崩れてきていますし、万が一に備えることはとても大切なことだとも思います。
しかし、知らない人から声をかけられて、事件に発展するケースが果たしてどれぐらいの割合で起こりうるものなのでしょうか? 正直、疑問に感じます。

事件に巻き込まれる可能性より、明らかに感謝される可能性の方が高い。子供の成長にとっても不可欠な要素だと思っています。

ネット社会ですから、必要な情報が素早く手に入り、都心から離れた片田舎でも過剰に反応します。

何かあってからでは遅い。だから子供達には絶対的な安全指導を簡潔に説明を端折り、要点だけを伝える。

「知らない人から道を尋ねられたら逃げなさい。」
「危ないから。」

教育、指導、道徳 より先に大人の都合を最優先していないかと思うことがあります。

大勢の児童に同じ解釈で伝えるためなら、一言二言の方が余計な判断が入らず伝わりやすいことは事実。先生が言うのだから正しいと思い込むのです。

何かことが起きた場合に、最終的に子供を守るため? それとも学校を守るため?

 

娘が小学生の時に知らない人に道を尋ねられ、道を案内してしまったことがあります。

「私は悪い子だぁ。学校のルールを守れなかった。クラスの子に見られたから、先生に絶対に怒られる。学校に行きたくない。」

子供って純粋なんです。大人の意見を守ろうとしつつも天秤にかけ判断します。 

『とっても良いことしたと思うよ。』

先ずは、迷わず娘を褒めます。困っている人がいたら助けてあげていいから。自分がよいと思えば、そのように判断してもいいから。
何かおかしなことをされたら、その時は、防犯ブザーの紐を引いて「助けて」と叫びな。近くの知らない人が助けてくれるから。

知らない人は全て逃げなさいとは、決して親の立場からは言えませんでした。

そういう指導や教育を受けていないため、普通はそうだという判断しかできず、迷うことなく子供に説明したのだと思います。

だからと言って、小学校の方針を否定することはしません。明確な意図ももちろんあります。親が学校を非難すると子供達に迷いが生じます。子供が学校を馬鹿にしてしまうからです。
子供達は子供達なりに大人の矛盾した対応に悩んでいるようですね。 

雨にも負けず風にも負けない子供達!!

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猛烈な台風が押し寄せると学校から子供達を迎えにくるよう連絡があります。
私も平日に偶然家にいた場合、嫁の代わりに自分の子供達を迎えに行きます。しかし、どうしても仕事が抜けきれず、来るに来れない親もいます。
だから住民同士で支いあいます。誰かれ構わず、いろいろな子供を乗せて帰ります。
でも、子供達は知らない人の車に乗りません。乗れないのです。嵐の真っ只中、子供達は学校のルールに忠実に従おうとします。
健気なんです。風邪ひいちゃうよ。
ようやく、先生達が子供達に車に乗るよう指導し、沢山の子供達をピストン輸送で家に送り届けます。これも、PTA役員の務めだと思っていますが。

知らない大人とは会話しない。知らない人は信用しません。と解釈する世の中がとても怖いのです。